縁を大事にしない。縁ではないのに縁と勘違いし関係は歪み元に戻らなくなる【小さな成長3125】

縁を大事にしないことだ。

縁を大事にしていると出会いがなくなる。

縁は大事にしないほうが、よっぽどいい縁が生まれる。

縁ではないのに縁と勘違いする。

勘違いした縁に縛られる。

勘違いと思いたくなくて後ろに目がいく。

前を見ることだ。

可能性などない。

もしかしたら何てことはないから安心して忘れることだ。

忘れるには新しいことを始める。

新しいことは新鮮である。

修復は綺麗には戻らない。

直すより新しいことをする。

前進して忘れる。

試してみて失敗だったと分かる。

もしかするとという期待がある。

もしかするとというのはないのである。

縁ではないのである。

縁ではないのに、無理に縁を作ろうとすると関係が歪む。

歪んだものというのは残念である。

歪むと元には戻らない。

過去にこだわると余計に歪む。

余計にこじれる。

忘れて前を向くことだ。

■成長するために<3125>
修復より、前を向こう。

運命を変える大きな決断。決断して自分のこれからを変える【小さな成長3091】

運命を変える大きな決断というのは、たまにある。

この決断は自分のこれからを変える決断だなと思う時がある。

今日から行動を開始する。

今日、決めるという時がある。

今日、決断の時というのがある。

遠慮ばかりしていると、チャンスを逃がす。

出会いは、たくさんあるわけではない。

運命について、あまり考えてはいないのだが、それでも運命というのもあるのかと思う時がある。

自分の運命を試す。

自分の感というのは怪しいので、確認し直す。

自分の感というのは怪しいが、当たる時もある。

何かおかしいなという感は、たまには当たる。

好きなことを開始すると決めた期間の感を大事にする。

おかしいという感も大事だし、いいなと思う感も大事である。

好きなことを開始すると決めた時期のいいなというのを大事にする。

ぐずぐずしていると、運命は逃げていく。

焦るのはよくないが、何もしないでいては、運命は変わらない。

自分の運命を変えていく。

自分の運命を、自分で変えていく。

決断の時。

自分の運命を変える時。

好きなことをすると決めた時期に、自分の運命を変える決断をする。

大きな決断。

たまには大きな決断をして、自分のこれからを変えていくことだ。

■成長するために<3091>
決断して、自分のこれからを変えよう。

大都市東京に覚悟を決めて住む。大都市東京と田舎は世界がまったく違う【小さな成長3000】

大都市東京に住むには、覚悟がいる。

大都市東京で10年20年と生活し、その後田舎で暮らすには、想像もできない覚悟がいる。

最近感じるのは、大都市東京と田舎の格差は拡大するばかりということ。

時代は21世紀。

さらに22世紀へ向け視野を広げる必要がある。

未だにスマートフォンを毛嫌いしている人がいる。

今は、時計にもメガネにもコンタクトレンズにもコンピューターが入る時代。

最近は、スマートフォンを持っているのは時代遅れなんじゃないかと私は感じている。

と言う私も、ようやくスマートフォンで電車の改札を通れるようになった。

今までは、PASMOでしか定期が作れない区間に住んでいた。

無理矢理JRを使えないこともなかったのだが、かなり遠回り。

定期代が毎月2万円を超えるのはつらいかと感じていた。

今は、月2万円以上通勤に使う。

JRに乗るので、モバイルSuicaにできる。

職場の自動販売機も、SuicaとPASMOが使える。

自動販売機でSuica支払いができるので、小銭はいらなくなった。

携帯電話が財布換わりというのは、10年くらい前から言われていたような気がする。

コンビニエンスストアでも、多くの客が電子マネーで支払いをしている。

釣り銭のやり取りがないから速い。

小銭をいちいち財布から取り出すのは、並んでいる後ろの客に迷惑である。

電子マネー専用のセルフレジを、たくさん作ってほしいものだ。

現金使用お断りのコンビニエンスストアがあってもいいんじゃないかと思う。

田舎で電子マネーが使えるのは、コンビニエンスストアくらいか。

田舎では、依然としてガラケーを使っている人が多い。

都会でガラケーを使っていては、かなり不便である。

仕事のやり取りも、今はスマートフォンが当たり前。

ガラケーを使っている人は、仕事にも乗り遅れる。

仕事もろくにできなくなる。

10年くらい前は、メールが間に絡んだ。

今は、すべてネット上で完結するので、メールも必要ない。

スマートフォンがないと、友達付き合いもできなくなる。

待ち合わせは、LINEでやるのが当たり前。

地図アプリで簡単に待ち合わせ場所へ行ける。

東京や大阪で生活して、18年くらいが経った。

大阪は2年くらいだから、ほとんど東京で生活してきた。

大都市暮らしが長くなり、田舎で言葉が通じなくなった。

日本語を話しているのだが、田舎で日本語が通じない。

東京には、田舎者が多い。

地方から出て来た人がたくさんいる。

田舎者が、東京へ出てくるときには覚悟がいる。

覚悟して東京へ出てこないと、大都市には住めないと逃げて田舎へ帰ることになる。

逆に、大都市東京で3年でも7年でも生活することができれば、もう田舎には帰る気がしなくなるだろう。

大都市東京で経験値を上げ、これから田舎に帰って一旗揚げようというときは覚悟がいる。

大都市東京と田舎の差が、想像もつかないくらいにある。

これからどうするかを決めるのは、自分自身である。

■成長するために<3000>
覚悟して、大都市東京に住もう。

敗者の言葉「やっても無駄」。行動力をなくさず挑戦する。無駄かどうかはやってみなければ分からない【小さな成長2999】

自分が挑戦し失敗した。

現実を思い知る。

やっても無駄と諦める。

諦めると行動力がなくなる。

挑戦しなくなる。

行動力をなくさないことだ。

挑戦することだ。

無駄をしないようにしようとすると、行動力がなくなる。

わざわざ無駄なことをすることはないと思うときがある。

「無駄かどうかは、やってみなければ分からない」

約15年前、20代後半の頃、20代前半の女性に言われた言葉である。

無駄かどうかは、やってみなければ分からない。

仕事を一通りこなすと、やっても無駄と感じることがある。

自分がやって失敗した。

失敗の経験があると、やっても無駄と切り捨てる。

その女性に「やっても無駄だよ」と言った。

「無駄かどうかなんて、やってみなければ分からないじゃないですか」

と言い返された。

無駄かどうかは、やってみなければ分からない。

自分の失敗を、人に押しつけてはいけない。

人生を賭ける挑戦をし、戦いに敗れる。

同じ道を辿ろうとする若者に、お前らにできるわけないだろと言う。

私も19歳になろうという年に、40代の敗者に言われた。

「やっても無駄だ」

「お前らにできるわけないだろ」

自分ができなかったことを、若者に偉そうに言ってはいけない。

その40代の敗者は、旧帝国大学で博士までとった成功者である。

博士をとり、さあこれからという段階になり、戦いに敗れた。

自分の才能の無さを思い知る。

現実は、そんなに甘くないということを知る。

上には上の秀才がいる。

信じられない頭脳を持つ天才がいる。

現実を知り、挫折する。

負け組。

負け組、敗者。

敗者のままではいけない。

敗者なら敗者らしくしていることだ。

これからという若者に、戦いに敗れた敗者が分かったようなことを言ってはいけない。

やっても無駄というのは、行動力を失った敗者の言葉なのである。

■成長するために<2999>
20年前敗れたことに、再挑戦しよう。

ライバルは自分自身。20年前の自分に負けていないか【小さな成長2998】

最近、いい接客をよく目にする。

今日、階段でつまずいた。

つまずいたはずみで、コーラはこぼれ食べ物はグチャグチャになった。

するとすぐスタッフが新しい食べ物に替えてくれた。

「服は汚れませんでしたか」

と気遣ってさえくれた。

この「服は汚れませんでしたか」

は、接客について考えていないと言えない言葉である。

「怪我はございませんか」

聞き間違えてはいないのだが、

「聞き間違えました」

客は、悪いと思っている。

客の誇りを傷つけない接客。

最近は、20代からやる気をもらう。

20代は、やる気に満ちている。

40代の自分が、20年前の自分に負けていないか。

ライバルは、自分自身である。

■成長するために<2998>
20代の自分に負けないようにしよう。